前言撤回日記

postcard 2010

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あけまして5月です。もうじき半年が経とうとしています。バカか。

昨年末は押せ押せムードで時間が足らず、今年の年賀状は若干手抜きになった。
手抜きというか、ここ数年は毎回手書きPostScriptによるタイポグラフィが基本テーマだったのだけれども、今回はPostScriptはぜんぜん書いてなくて、パスの長さを調べるのにJavaScriptを使っただけ。

本来ならばここから可読の境界を探る的な段階を踏むべきなのに、あいにく時間切れでそこまでもいかなかった。しかもオフセット印刷の入稿期限はすでに過ぎていて、オンデマンド印刷しかできず。
それにしても、まだ勤め人だった10年くらい前に試したことがあるオンデマンド印刷、当時と比べてやはり技術は進歩しているのだなあ、という実感がある。

コレを受け取った友人から、毎度年賀状がおもろいけど池田亮司とか好き?と言われたが、寡聞にして存じませんでした。
the official ryoji ikeda web site

おお、なるほど、ちょっと好きかも。
まあ、好きって言うことであれば国内だけ見ても杉崎真之助さんとか大杉学さんとか好きな作風の人いっぱいいます。

SHINNOSKE INC. WORK
702 NANAMARUNI DESIGN WORKS

風雨光

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友人が銀座で開いている個展のオープニングパーティにおジャマしてきた。

蛯子真理央展 ―風のなか、雨のなか、光のなか― (東京本店) : 日動画廊 展覧会情報

普段ここで友人知人として特定の個人に言及することはないのだけれども、とてもいい絵を描くので本人に断りもなく紹介させていただきます。

画風としてはリンク先にもある通り、パリや南欧の風景、静物を中心とした、いわゆる印象派のジャンルに入るかと思う。正確な筆致で細密に描くのではなく、その場の光や空気を大胆な筆遣いで素早く画布に定着していくスタイルである。
まともに絵を描いたことのある人なら理解できると思うが、これは言葉で言うほど簡単な事ではない。しかも彼はこれを半ば以上現場で行う。

だがひとまずそういったテクニカルなことは置いておいて、絵として純粋に魅力的だ。グレイッシュな淡いトーンに暖かいバラ色が多用されるやわらかな色彩を見ると、窓の向こうにはこんな風景があって欲しい、さらに言えば、ここに行ってみたい、とさえ思う。
抑制のきいた表現が見る者の記憶と絡み合い、リアリティをもって立ち現れてくる。
いくつかあった静物画も、小品ながら光線の描き出し方が実にいい。

また、彼の展覧会は幾度となく観ているのだけれども、そのスタイルもまた観るたび少しずつ変化していておもしろい。
具体的には以前よりもさらに抽象度が弱まり色彩や輪郭が明瞭になってきている事と、絵具ののりが厚みを帯びて力強さが増しているあたりに顕著で、これらはモロッコの強烈な日差しのもとで描いた経験がもたらした変化のようだ。

個人的にたいへん前途有望な画家の一人と思うので、お金のある方は札束を握りしめて、そうでない方もまあちょっとした目の保養に画廊へとお運びになってはいかがかと思う次第。

展覧会場を後にしてからは画家本人や関係者に混じり、二次会などに参加させてもらった。
共通の友人たちとの再会もあり、また他の画家の方との交流もあって楽しいひとときでした。多謝。

tha

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NOW UPDATING… THA/中村勇吾のインタラクティブデザインに行ってきた。
毎回、高度なクリエイティブで観る者を魅了し同業者をビビらせる、中村勇吾さん率いるtha社の初の展覧会である。

ネットで観られる物をわざわざ展示? といぶかる向きもあるかもしれないが、そこは他ならぬtha社。展示用にオプティマイズとチューニングを施して、心地よい展示に仕上げてある。
また、ネットではお目にかかったことのないコンテンツもあり、実験的な物なのかもしれないが非常に楽しめた。

もう終わってしまったので多少ネタバレ的な事を書いても誰も怒らないだろう。

会場はggg(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)。地下と一階が展示会場である。
もう何度も観たおなじみのコンテンツが、これが意外なことに縦長のディスプレイに表示され、新鮮な趣を見せていた。

一階の展示はインタラクティブ系のコンテンツで、ユーザの引き起こすイベントによって反応するタイプの展示が中心。最近ローンチされたモリサワのFONTPARK 2.0 | MORISAWAなどもあった。もうこの辺になると何をどうやって作っているのか検討見当もつかない。

地下の展示は時計をモチーフに各コンテンツを同期させ、クロック音を流し続けたり一定の時間ごとに時報と共にすべての画面を社名ロゴへ切り替えるなど、独特の空間を演出していたのだが、これもまた効果的であった。
どう効果的かといえば、これらのコンテンツは観客がいつまでも見入ってしまうようなトランス的な状態を狙って作られているので、うまくいけばいくほどリアルの会場では人が流れない。
それが時報が入ることで画面から離れて次の作品に目を移すきっかけが与えられ、結果として人の停滞を抑制することができるワケだ。非常によく考えられている。

とにかく全体的にクオリティが高く、ここまでやるのか……というカンジ。
依頼する側にも覚悟が必要なレベルだ。

顔認識を使ったコンテンツはネットでは未公開かな、と思うけれども、これもなかなか(文字通り)入り込んでしまう作品だ。
備え付けのカメラから閲覧者の顔を取り込んで既存の人物写真にはめ込む、という物だが、エレベーターホールに鏡を設置したら待ち時間の長さに対する苦情が無くなった、みたいな話があるくらいみんな自分の顔には愛着があるから、誰でも楽しめるだろう。
ただし一度自分の顔が取り込まれると、次の閲覧者の顔で上書きされるまでさらされ続けるので、公共の場ではいたたまれなくなる可能性もある。いや僕の話じゃなくて。

引用β(このネーミング、信用ベータへのオマージュ?)はWeb版ともスクリーンセーバーともずいぶん体裁が違ったが、この風格のある活字風のフォントはいいなあと思った。このあたりもすごく勉強しているようで、ひたすら感心する。すぐれた表現の裏に膨大なバックグラウンドがあるのだろう。


あと、この展覧会をきっかけに、改めて前田ジョンさんの偉大さを思い知らされた。
展示されているコンテンツの多くに、彼のダイレクトな影響が見て取れ、その洞察や創作がいかに根源的でありながら斬新で、人を引きつけるようなアイデアに満ちていたか、再度考えずにはいられない。
Maeda’s SIMPLICITY

Adobe Erazer

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Adobe Erazer.app

I, NAVIGATOR

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今年の夏も例年通り伊豆の海に泳ぎに行ってきた。

天気は上々、波も穏やか、水温も高めで泳ぐにはもってこいの陽気。2日目の夜は花火大会も堪能したし、最終日の午前中はギリギリまで遊び、帰る途中から天気が崩れてきて雨、という展開である。申し訳ないほど運がよかった。

で、それはそれとして、例年であれば特急踊り子号に乗って行くのだが、今年の夏は原油価格高騰にもかかわらず車で出発。 

僕はずっと助手席に座り、地図を見ながらナビをする役割だったワケであるが、残念なことに僕は極度の方向音痴である上に地図も読み慣れていないので、ナビゲートしているのか惑わしているのか、まるでわからない状態。
こんなカーナビがあったら愛着がわいちゃうんじゃないかと思えるほどである。

「先ホドノ角ヲ左折シテクダサイ」
「間違エマシタ」
「10めーとる先ノ駐車場ニ入ッテUたーんシ、元ノ道ニ戻ッテクダサイ」
「右ニ曲ガッテクダサイ。右ジャナカッタ、左デス」
「ココガドコダカ分カラナクナリマシタ」

やっぱり愛着どころじゃない。

サイゴン

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ワタナベアニさんと池田昌紀池田晶紀さんの写真展「ふたりのサイゴン」に行ってきた。

カオティックなサイゴンの情景をカオティックなままダイレクトに差し出す池田さんとエレガントに切り取ってみせるワタナベさん。対照的なおふたりのサイゴンを見せていただく。

共通して「狙って撮った」というより「出会って撮った」といった趣で、展示の仕方としてはライブ感覚寄りな池田さんに対してワタナベさんの方は(ご本人もおっしゃってましたが)組写真で意味を浮かび上がらせるようなアートディレクター寄りな方向。

「海外に行ってちょっと面白い物撮ってきた的な写真」にならないように気を付けてチョイスした、との事だが、同時にこの方法だと瞬発力だけになりやすい、という分析も鋭い。
作為やあざとさ、ケレン味をいかにインペーするか、またはロシュツするかのコントロールは表現の上では重要な課題になるはず。
また、じんわりくる種類の写真は難解になりやすいので間口をどう拡げるかという点も難しい。

事前にトークショーも予約してあり、こちらは常磐響さんを交えて「さんにんのサイゴン」というテーマでのゆるゆるトーク。
どのくらいユルいかというと、途中でスピーカーの2/3がトイレのために中座するというサイゴンなみ(たぶん)のユルさ。

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ワタナベさんと常盤さん

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池田さん

池田さんは文字や文章にあまり興味を持つタイプではないそうで、そういう人が自分の行為やら考えやらを言語化するトークショーというイベントに出演するのだから何かと危なっかしいワケであるが、さすがワタナベさんと常盤さんは生来の頭の回転と年季の入った落ち着いたトークで自らの体験や考察を語っていて楽しかったし、うなずけることも多々あった。

常盤さんの「撮ることを街に許されてる感じ」や「先の事は分からない、ようやく2〜3年前の事が分かるようになってきた」はふいに出た言葉だと思うけれども共感を覚えたし、ワタナベさんの「一日6GB撮っても、なぜ8GB撮れなかったのかと思う」という言葉や「写真の選択は二度目の撮影」という引用には「ああ、ワタナベさんは映像の人であるなあ」と思ったりした。

昨年の「ふたりの上海」には行きそびれたのだが、パンフレットが買えたのでよかった。
今回のパンフレットには写真が一葉ついてきて、裏面を見ると直筆のサイン。細やかなサービス精神がうれしい。

来年はヨーロッパだそうで、やる方も楽しみだろうが見る方も今から楽しみなのであった。

Julia Fordham

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3月後半に東京ミッドタウンで開催されたJulia Fordhamのライブに行った。

セットはCD「THAT’S LIVE」に収録されている物がメイン。
「微笑みにふれて」の日本語版に収録されている「China Blue」を演ってくれたのがうれしい。僕の大好きな曲。

それにしても彼女の歌声はすごい。力強さと透明感を兼ね備えた、ワンアンドオンリーの歌声。
それをピアノとウッドベース、パーカッションに彼女のギターという少人数の構成が引き立てている。
「Porcelain」の後半に繰り広げられるアドリブのセッションもスリリングで聴き応えがあった。

食事とお酒ありの大人のライブ。モッシュもいいけど、そろそろこういうのもいいなあ、と思った。満足。

ANNIE LEIBOVITZ

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ブログの投稿ができなかったしばらくの間の出来事もいくつかメモしておこうと思う。

2月に劇場公開された映画『アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生』を公開直後くらいに観た。
ジョン・レノンが射殺される直前にヨーコと共に撮影した写真、妊娠中のデミ・ムーアのヌードなどで有名な、写真家アニー・リーボヴィッツの半生を描いた作品で、彼女の妹であるバーバラ・リーボヴィッツが監督・制作を担当している。

感想らしい感想はとくにないのだけれども、アニーは今もってパワフルですごいなあ、というカンジ。

アニーの恋人スーザン・ソンタグの本は「他者の苦痛へのまなざし」しか持っていないが、彼女の厳格な言葉の運用と冷徹な批評、妥協を許さない強い意志がそこにはあった。
おそらくスーザンとの生活が快適な心安らぐだけの物でなかったろう事は想像できる。
そのスーザンと正面から向き合う事によって、アニーは自らの写真に対する哲学を構築していったのだろうか。

アニーの仕事ぶりをかいま見て、撮影時に相手に話しかけ続けていたのが印象に残った。
また、撮影前に完璧に準備を整えて短時間で撮影を完了する彼女のスタイルはかなり参考になる。むろんそれには経験が必要だとは思うけれども……。

関係者のコメントをエンディングに持ってきた演出はすばらしい。

続シリ

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引き続きシリアレポ。

今回の旅行ではユーフラテス川のほとりで公衆便所をさがしてフラフラしたり、ダマスの旧市街の中で迷子になってウロウロしたり、ウマイヤド・モスクで知らないおっさんの講釈を聞いているうちにおっさんの関係してるみやげ物屋に連れて行かれたりなど、バックパッカーじみた時間の過ごし方も多少はしたものの、全体的にはなかなか充実していて、JICAの事務所で所長以下スタッフの皆さんにお目にかかったり、日本大使館で領事の方にお会いする機会もあったりで、正味9日程度に収めるにはあまりに濃厚なスケジュールだったと言える。

そんな中、満月の下、ラクダでパルミラ(タドモル)遺跡を周遊したり、ベドウィンのテントで晩メシ食ったりするような観光客モード全開のイベントもあった。

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メソポタミア文明発祥の地、ユーフラテス川@デリゾール。橋は工事中で周りには何もないし、観光地としての自覚ゼロ。

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タドモルにて。ラクダはかなり癒し系。このコはワッダーアという名前。

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月下のパルミラ遺跡

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こんなんがあっちゃこっちゃにある。あまり注目されないが、シリアの観光国としての潜在力はけっこうあるはず。

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ベドウィンのおっさん。この人の弾いている楽器は一弦の胡弓みたいなカンジでガバーバというらしい。
試しに弾かせてもらったが、開放弦ではどうやら音が鳴るものの、弦を押さえるとまるでまともな音が出ない。

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ハラブ(アレッポ)城から見る街並み。城の上にはカフェ(とはいってもテーブルとイスがあるだけだが)があって一休みできる。

俺を撮れ、と奴らは言った。

071107syria01.jpg ↑ぜんぜん知らない人たち。

テロ支援国家の呼び声も高き、中東の火薬庫シリアに丸2年住んだ知人が11月に帰国するというので、その前に一度、と現地を訪ねてみた。

で、そのシリアであるが、すげえ平和。
しゃっくりも出ないくらい平和。
治安もよく人もやさしくメシもうまい、いたって穏やかなお国柄である。

事前にそれなりに情報を仕入れていた事や、滞在場所が首都ダマスカスの中でも高級住宅街であるアブロマーニの一角であった事もあり、文化云々ではそれほど大きなギャップは感じなかった。
気温も日本とさしてかわらず、それどころか乾燥しているためずっと過ごしやすい。
ただし高級住宅街と言ってもそこは中東の小国。その辺り一帯、車はおおむね路駐、電話は不通、しかも夜になると水が止まる。
だがそんなものは慣れてしまえばどうという事もない。

ギャップは感じなかった、と書いたが、驚いた事が2つばかりある。

ひとつは野菜や果物がヤケクソにうまいこと。
水質のせいか気候のせいかは知らないが、とにかくうまい。
ニンジンやピーマンも生で食べても苦みもえぐみも臭みもなく、さっぱりシャキシャキしていて、それでいて野菜の風味や甘みはしっかりあるという。この国では野菜嫌いの子供なんて存在しないのではないかと思うほど。
また、梨やブドウには皮ごと食べられる種類があって、スナック感覚でさくさく食べられ、しかも安い。
今回は季節的に果物の旬ではなかったが、春先なら桃やサクランボなど瑞々しいフルーツが安価で手に入る。フルーツが好きな向きにはたまらない所だろう。

もうひとつは道行く人々が写真に写りたがることである。
とにかくモデルには事欠かない。
たとえば建物なんかを撮っていると呼び止められる事がある。
シリアでは私服の秘密警察がそこかしこにいて、軍事関係の施設や大使館などを撮っているととがめられたりするので、その手の話かと思うとそうではない。
「建物を撮るなら俺をいっしょに撮れ」というのである。
撮ったあとは写真をくれでもなく、見せろでもなく、「撮られて満足。」なのだ。よくわからない(笑)。

ただやはり宗教的な理由もあって女性はあまり写真に写りたがらない。
写りたくないオーラが出ているので声もかけづらい。
おっさんの写真や子供の写真を撮りたければシリアは絶好の場所かもしれない。子供かわいいし。

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