








バカの壁(炎)
最近、WindowsをアップデートしたらMacと接続できなくなった、と書いたが、Windowsファイヤーウォールを解除したところ予想通りあっさりつながった。
超オススメ。<勧めるな。










「マリオ・テスティーノ写真展 ポートレート」と同じ東京都写真美術館で開催されている「ミッション:フロンティア-知覚の宇宙(そら)へ」に、結局見損ねた「原田 大三郎作品展 『Dynamics 衝突の力学 -ある有機体との出会い- 』」のショート版が出品されるというので一緒に観てきた。一石二鳥。
まあ、要するに流体解析のシミュレーション映像を延々と流しているだけ、ともいえるのだが、実際に見るとなかなかアヤシイ美しさがある。車のCMでも水しぶきをあげて疾走する映像などはしょっちゅう使われるから、ひょっとするとこれは一種のカタルシスであり、ちょっと野蛮な(男子特有の?)破壊願望の充足なのかもしれない。
残念だったのはプロジェクターで見るには会場が若干明るすぎること。この映像にシャープさは重要な要素だと思うが、それが損なわれていたのは一考の余地があるかもしれない。
他にも八谷和彦さんの「Open Sky」など興味深い展示がいくつもあって、こちらも充実した内容。
木本圭子さんの「Imaginary Numbers」の展示もあり、これは黒いパネルに夜光塗料でプリントしてあって、暗がりの中でなまめかしい光を放っていた。本の方もこうすればよかったのに……。
先日休館のため見損ねた「マリオ・テスティーノ写真展 ポートレート」を見に東京都写真美術館へリベンジ。
彼の持ち味は明るさや朗らかさを備えたラテン系独特の「ノリ」のようなものだろう。挑むようなまなざしでレンズに向かうスタイルの多いモード写真の中で、屈託のない明るさが少し異質な輝きを見せているように思う。
ちょっと乱痴気騒ぎめいた所もあって、それが時おり退廃的な虚しさを感じさせない事もない。
写真の技術もさることながら、ポートレート撮影はモデルとの関係が結果に大きく影響するワケだが、マドンナやダイアナ妃にあんなリラックスしたいい表情をさせるのはかなりうまく信頼関係を構築できているからなのだろう(ちなみに先だって亡くなったHelmut Newtonは映画「JAZZ SEEN」の中で「モデルと信頼関係を築くのに時間を割いたりはしない、指示するだけだ。」というような事を言っていた。確かに、かの巨匠の作風はMARIO TESTINOのそれとは大きく違う。もちろん良い悪いではなく)。
カタログはすでに売り切れ。海外版なので入ってくるのに時間がかかるとの事。とりあえずお金だけ払って予約。年内には入荷するらしいが……。
全然どうでもいいけどKate Mossはいつも口が半開きですな。









auのケータイ、talbyのサイト。
http://www.talby.jp/
イメージキャラクターを使って「薄さ」を強調するアクションをふんだんに取り入れた構成。このくらいになると個人で制作するのはとても無理。多様な技術を持つ人たちの共同作業がなければ品質を維持できないだろう。今後の展開も楽しみ。
制作は(たぶん)IMG SRC。
もともと折り畳みよりもソリッドなケータイが好みなので、INFOBARやtalbyのあるauがひたすらうらやましい。









疾風迅雷?杉浦康平雑誌デザインの半世紀
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昨日の外出で唯一と言っていい収穫。
大御所・杉浦康平さんの作品集。あえて「作品」とやや興奮気味に呼びたい。
理論と感覚の大胆かつ知的な融合。O.メシアンの代表曲「音価と強度のモード」の構造に潜む数列をモチーフに展開する「音楽芸術」の表紙デザインや、雑誌「銀花」の表紙レイアウトに地軸の傾きと同じ23.5°の傾斜を導入して、はるか宇宙へと意識をつなげる試みなど常人の発想の域を大きく超えている。
また自分でデザインをする際に常々、コンピューターでデザインをするのに手業をなぞるような物を作るのは何だかもったいない、と感じていたが、杉浦さんの初期の作品を見ると手作業でここまでやるか、という物もある。
さらに写植機を使った手作業によらないコンポジション作品の制作も、DTP以前どころかパーソナルコンピューターが普及するずっと前、60年代にすでに雑誌「デザイン」の表紙上で行われていた。
その他にも描き版を使ったカラーライズなど、技法に関してもコンセプトに関しても見所の多い、オススメの一冊です。