前言撤回日記

シリア

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ごく親しい知人がひとり、シリアへと旅立った。
青年海外協力隊だという。
娯楽のない中東の国に丸2年。退屈するか充実するか、それとも充実した退屈の連続か、いずれにしてもいい経験にはなるだろう。
どうにかネットに接続できる環境はありそうだと、新品のノートパソコンとデジカメをたずさえて行った。

ともあれ、シリアにシリアイができたのだ。

僕が言いたいのはそういう事だ。

リアリズム

見知らぬ他人の運転する車で、目的地を知らないまま旅をする。
物語を鑑賞するとはそういう事だ。

「リアリズムの宿」を見た。
日常の煮え切らない間の悪さを凝縮したような映画で、フランクかつ大ざっぱ(略してフランク・ザッパ)に分類するとロードムービーって事になるのでしょうか。
最初の宿のオヤジとかいいカンジ。

始めに書いた例えで言うと、窓の外を味わい深い景色がゆったりと流れていき、それを眺めているうちに誰もいない何もない町にぽつりと置き去りにされます。

そういうのが好きな人にはいい映画です。

個展

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午前中、何度も目が覚めつつも起きられず、けっきょく昼過ぎにどうにか起床。

最終日ギリギリの友人の個展を見に銀座へ。
彼の作品はコンセプチュアルなものではなく見て感じる事を要求されるタイプの絵なので、ここしばらく仕事でドハマりして左脳がオーバーヒート気味の僕には、バランスをとるにも丁度いいタイミングではあった。

内容としては前回よりいくぶん抽象度が弱まり、色使いも大胆になってきているカンジ。筆致にも躍動感がある。意図的な変化である事は間違いない。
僕は前回までの溶け出してしまいそうな淡いタッチの作風にも惹かれるモノを感じたが、商業美術ではないので外野の意見など聞き流して、エゴを貫き通して欲しい。貫き通して欲しいという意見さえも聞き流して欲しいという意見さえも(以下ループ)。

まあ、それはそれとして感覚的な受け止め方にとどめると「いいね」とか「よかったよ」とかいったバカみたいな感想しか出てこないものだ。
理解するには言語化のプロセスが不可欠なので、そのあたりも兼ねて終了後、喫茶店でケーキセットをつつきながらなるべく自分のコトバで感想を伝えてみた。

その際、一緒にいた別の友人がココを閲覧している事も判明。
今日も何ひとつ面白い事は書いていないのでいくぶん後ろめたい。
というか、転職経験がないのに勤め先が売却されてドンドン仕事が変わる彼の話の方がずっと面白いのだが。

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どうやらcssでリスト要素をinline表示するとWindows版IEではpaddingの指定が無視されてしまうようだ。

プライベートでは効率を度外視できるので多少は意味の通る構文のHTMLを書きたいのだが、こういうバグでハマるとものすごい勢いで萎える。
しかたがないのでリストにするのはやめて、普通にdivタグで囲んだ。トホホ。

モザイク256

モザイク256

オリジナルコンテンツ、モザイク256をアップロード。

実験グラフィック、あるいはソフトウェア印象派(?)。

夕焼けの色や花の色、自然界のあざやかな色彩をピクセル単位で拾ってみると、意外にグレイッシュで彩度の低い色の組み合わせである事が判る。
適当な写真を16×16、計256ピクセルに分解する事で、それが浮き彫りになるのではないか、というテスト。

「あざやかな色」というのは決してハデな色ではなく、組み合わせである。
その組み合わせの妙を自然から学んでみたい。

と言いながら手元に全然適当な写真がなくてまいった。Flickrあたりで探せばよかったか。

illuminated city

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自宅でデザイン出し用のダミーのブツ撮りをしたあと、ヨロメキながら大森へ行って打ち合わせ。
けっこう長く続いているシリーズの仕事についてなのだが、いつも最初の打ち合わせは混沌としすぎていて、「それじゃうまくまとめてねよろしくね」と言われるカンジで解散するものの、毎回、途方に暮れる。

正直どうしたもんか、と頭を抱えながら新宿をブラついていたら、タカシマヤタイムズスクエアがイルミネーションで彩られていた。

去年は比較的、寒色系のイルミネーションが多かった印象だが、今年はまた暖かい色合いに戻ってきている雰囲気。

The Helvetica Book

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僕の中ではデザイナー向けのお手軽Tips本ばっか出してる会社、という位置づけだったMdNからこのような本が。

サンセリフ書体の中でももっともスタンダードな書体「Helvetica」を、その歴史や成り立ち、ライバルとなる他のサンセリフとの比較などを通して丁寧に腑分けしてゆく。
あの小林章さんやタイポグラフィの読み方の小泉均さんの協力で作られており、欧文タイポグラフィに興味を持つ人には一読の価値がある。

小振りながらもノイエグラフィックの影響を受けた美しい書籍。
デザイナーのオオタニヒデアキ(大谷秀映)さんの著作でデザインもご本人のようだ。

炎上

先日、仕事のペースを抑える、とエントリーした途端にこの忙しさは何だ。
仕掛かりの仕事が時間差で佳境を迎えて溺れかけたりしているワケだが、なにしろ終わりが見えない。
まあ、同時進行よりはいいけど。ちゃんと寝てるし、酒も飲んでるしな。

飲酒

土曜の晩、どうやら時間をこじ開けて久々に古くからの友人と飲みに行く。おっさん二人で色気のないこと山の如しである。

前に会ったのはいつだったか、と思ったら、もう一年以上も前だった。
人付き合いにエネルギーを全然使わずに生きているため、親しい友達がどんどん減る。
そんな中で彼とはコンスタントに、という程ではないにしろ年に平均1〜2度は会って飲む習慣が継続しているのでうれしい。

夕方6時から何だかんだと7時間くらい飲み続けてタクシーで帰宅。朝方いったん起きてまたビールを飲んで再度寝た。

起きれば忙しい日曜が待ち受けている。

方向音痴という病

恵比寿から広尾まで、写真でも撮りながらブラブラ歩こう、と思ったら道に迷った。
約束の時間に微妙に遅刻。

どうでもいいが僕は極端な方向音痴だ。
人と歩いた道筋を、あとから一人で辿る事はまずできない。
昼間歩き慣れた道を夜歩くと迷う。
何度か通って覚えたはずの道を逆から辿る事もできない。

ある場所へ向かってテクテクと直進していたとしよう。
そして途中に気になる店を見つけて中に入り、店内を一巡りして外へ出る。
すると、ほぼ間違いなくもと来た方向へ歩き出しているのである。
さすがに出発点まで戻りきった事はないにしろ、かなり歩いてから気付く場合も少なくない。単なる不注意のレベルをはるかに超越している。

日常生活に支障をきたすような重度の方向音痴にはもう病名を付けていいと思う。
「方向感覚不全」とか「指向障害」とか「迷子病」とか。

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