前言撤回日記

note

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そういえば最近、家の誰かが僕のノートPCを踏んだらしく、液晶が半分死んだ。
お気に入りのプルダウンメニューが入れ子になっているとカーソルがどこを指しているのかまったく判らなくなる。お手上げ状態だ。

そもそもこのノート、すでにバッテリーはヘタって一秒たりとも使えないし、ACアダプタのコネクタがイカれていて動かすとすぐに電源が落ちる。
つまりモバイルPCとしてはまったく役に立たなくなっているのである。まだ減価償却さえ終わっていないのに資産価値は実質ゼロ。

Winの環境はないと都合が悪いので、今後の対策として最有力なのが、液晶モニタとMacのノートを買う、という方法だろう。WindowsPCは据え置き型として使い、Macのノートを予備の作業環境としてキープしておく。

なかなか具合がよさそうだが、狭い仕事部屋でこのイカれたノートと液晶モニタの置き場所を確保しなくてはならないあたりがやっかいではある。やれやれ。

花村

久々に図書館に行った。
閉館まで1時間くらいしかなかったのでゆっくり選んでいるヒマはない。取り急ぎ小説2冊とエッセイ一冊を借りた。

図書館に行くと「ココにある本ぜんぶタダで読んでいーの?」と幸せなココロモチになる。
もちろんデザイン本なんかは世のデザインに対する無理解を反映してお寒い品揃えであるが、かくにも一生かかっても読み切れないような多種多様な本に囲まれているだけで「ほわ〜」となってしまうのである。

しかし健全な時間帯に開館しているこういった施設はなかなか利用できる機会がない。
利用カードは平成16年に切れたままだった。

で、その時借りたうちの一冊、花村萬月の「惜春」を読んだ。ふとした事情から琵琶湖近くの温泉街でトルコのボーイをやるハメになった青年の童貞喪失前後、というストーリー。登場人物の描写も説得力があり、ほろ苦さと饐えた匂いを感じさせる、それでいて読了後にやさしい余韻を残す傑作だ。

読み始めたら止まらなくなって結局一日で読み切ってしまった。
オススメでやんす。

たがや

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わりと近所にいい具合に花火が鑑賞できるスポットがあるので、ちょいと撮ってみっかと思い立ち、なんの準備もなしに開始時間ギリギリに外へ出た。
で、撮ってみたもののどれもイマイチ。

そこで、実際撮ってみて学んだ事をいくつかメモしておく。

「持ち物」

  • レンズキャップ
  • 三脚
  • 70-300mmのズーム

「撮影に際して」
  • 街明かりが影響するからと言って絞りすぎると回析が起こって像がぼやける。
  • なので露出をもう少し開けてシャッタースピードをバルブにし、花火の炸裂していない時はこまめにレンズキャップを閉める。
  • 少し望遠よりのレンズを使ってみる。

とりあえずそんなトコロ。見晴らしのいい地平線上にぽつりぽつりと花火が浮いているのも壮大でいいのだが、やはり写真になると迫力に乏しい(上の写真も結構トリミングしている)。
したがってウチの撮影環境では今回使ったキットレンズよりも望遠側のレンズを付けた方がいい結果が得られそうな気がする。
あとは天候だなあ。曇ってると花火の光が雲に反射して空全体が明るくなってしまう。これでは主役が映えない。

来週もう一回やるようなのでいっちょ再トライしてみるとしよう。

目標連続30回

今まで健康に気を遣ったことなどないし、これからもたぶんなかろうが、体を動かす気分の良さを忘れていくのは悲しいので、ここ最近ほとんど毎日、夕方4時くらいから気分転換に40分〜1時間ほど球蹴りに興じている。
とりあえず今年中にリフティング連続30回達成を目標にしております(太股や胸はノーカウントで)。

初めは50回、と思っていたのだが、実際やってみるとあまりに現実的でないので下方修正した。
なにしろ今はきわめて安定した状態でも10回までしかできない。もちろん広い場所で走り回りながらどうにか繋げればもう少し続くのだろうが、それは本意ではない。回数目標と言いながら、やはりバランスの取れた余裕のあるボールさばきが理想なのだ。

それにしても肉体の劣化のひどさを思い知る。タバコやめてもう10年も経ったというのに、少し運動しただけで肺が痛くなるし、座りっぱなしの仕事のせいで足腰の弱り方もハンパない。

まあ、まだ休み休みでひと月程度やっただけである。しばらく続けてみようと思う。

若冲

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ようやく「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」を観てきた。
ひと月もやっていたので何度か観られるかと思ったら全然行くヒマがなかった。残念ながら27日で終わりだ。

閉館まで間がなかったので、お目当ての伊藤若冲を中心に鑑賞。
実物を観るのは初めてだが、いやスゴイ。TVのお宝鑑定団なんかでたまに若冲の贋作が登場するが、大概、どこをどう見たら若冲なんだよ!と突っ込みたくなるような代物ばかりだ。
実物を見た経験のない僕ですらそう思ってきたワケだが、今回ホンモノを目にしてやはり圧倒された。
同時に展示された他のコレクションと引き比べても、その存在感は驚異的。
これを18世紀の日本の画家がものしていた事実に驚く。

見たものでなければ描かない、と豪語するその筆致は正確かつ緻密な超細密画。
それでいながら構図はあくまで大胆。チケットやポスターなんかでは切り抜きで扱われることが多いが、ぜひとも全体を観て、その粗密の妙を味わうべきだ。

そして意外なのが単色の墨絵。

手垢まみれの表現で申し訳ないのだが、迷いのない筆さばきで一気呵成に描かれた力強い線が表現する大胆なデフォルメーションは圧巻である。そしてその中にも「筋目描き」と呼ばれる薄墨の技法を織り交ぜた独特な作風はかなりの修練を積んだものと想像させる。
家業から早々に隠居して、仕事もせずにノンビリと絵を描き暮らした江戸時代のぼんぼん、といった僕の若冲に対するイメージは吹き飛んだ。

もうひとつ特に印象深いのが、こちらは若冲以外の作品がほとんどなのだが、作品を照らす照明をおそらくはコンピュータ制御して、暗い室内からさわやかな朝日、柔らかな黄色を帯びた黄昏の光などへゆったりと調光して見せる展示。

光の角度も次々と変えながら、電灯のなかった昔の室内環境を再現していた。

これらが描かれた当時は当たり前のことだが自然の光か蝋燭や行灯の明かりしか室内照明はなく、したがって個々の作品も煌々と光るタングステンライトの下にさらされる事を前提としていないのだ。

薄暗い照明の下でボンヤリと浮かび上がる金泥の鈍い輝きはなるほど幽玄。それが西日のような黄金色の光に当たると鮮やかにきらめき、楽園の光景のように見える。

これは谷崎潤一郎にでもヒントを得ての展示かと思ったら、本家プライス邸でも建築家バート・プリンス氏の手になる展示空間でオートマティック・ブラインドなどで照明に工夫を凝らされて飾られているのだそうだ。

「判ってる」人に買い上げられた作品は幸せだ。そう思った。

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