前言撤回日記

I, NAVIGATOR

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今年の夏も例年通り伊豆の海に泳ぎに行ってきた。

天気は上々、波も穏やか、水温も高めで泳ぐにはもってこいの陽気。2日目の夜は花火大会も堪能したし、最終日の午前中はギリギリまで遊び、帰る途中から天気が崩れてきて雨、という展開である。申し訳ないほど運がよかった。

で、それはそれとして、例年であれば特急踊り子号に乗って行くのだが、今年の夏は原油価格高騰にもかかわらず車で出発。 

僕はずっと助手席に座り、地図を見ながらナビをする役割だったワケであるが、残念なことに僕は極度の方向音痴である上に地図も読み慣れていないので、ナビゲートしているのか惑わしているのか、まるでわからない状態。
こんなカーナビがあったら愛着がわいちゃうんじゃないかと思えるほどである。

「先ホドノ角ヲ左折シテクダサイ」
「間違エマシタ」
「10めーとる先ノ駐車場ニ入ッテUたーんシ、元ノ道ニ戻ッテクダサイ」
「右ニ曲ガッテクダサイ。右ジャナカッタ、左デス」
「ココガドコダカ分カラナクナリマシタ」

やっぱり愛着どころじゃない。

私的ヒョーゲンロン

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単なる記録でしかない日常的なスナップを「表現」にまで持って行くという行為をどう捉えるべきか、みたいな事を写真展を見た帰りに電車に乗りながら、ボンヤリ考えていた。
で、そのまま思索をウロウロと泳がせているうち、「表現とは?」みたいなベタな問いに行き着いたのでちょっと続けてみる。

世の中に「おもしろいもの」とか「おもしろいこと」などという物は存在しない。「おもしろいと思う人」がいるだけだ。
日常に存在する事物はただ存在しているのであり、そこに原因や理由はあっても意味はない。意味を見いだすのは人間の方だ。

人工無能の吐き出す文字列に意味はないが、人間はそこにゲシュタルト的に意味を見る。

この「おもしろい」という属人的な指標を価値観とか評価軸とか興味とかいろいろと呼ぶことができるが、「表現」というのは自らのそれを他者に提示する行為にほかならない。 
したがって表現は常に他者の存在を前提とする。また、そこには必ず恣意が働いていなくてはならず、受け手にすべてを委ねてしまえばもはやそれは表現ではない。

むろん例えば読者には誤読の自由があるし、受け手の解釈が表現を完成させる、というのは正しい。
正しいというか、前提から考えてそうでしかあり得ないのだ。

なぜなら自らの表現もまた本来は他者にとっては意味無く存在する事物のひとつでしかないからだ。
だがそこには表現者の恣意という明らかな脈絡があるので、受け手の解釈に強力なバイアスがかかる。そのため、受け手の解釈は一定の幅に収まっていく。これが「表現」という行為である。

……と、ひとまずおくと、色々な事が腑に落ちるし、先頃流行った「人間の価値」が云々みたいな論議や「人生の意味って」といった疑問がいかに的外れかなども分かったりする。

偶然を織り込んだ表現をどう解釈するか、という考察は「偶然とは?」という新たな問いをはらんだ別の話になるのでしばし寝かせる事とする。

サイゴン

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ワタナベアニさんと池田昌紀池田晶紀さんの写真展「ふたりのサイゴン」に行ってきた。

カオティックなサイゴンの情景をカオティックなままダイレクトに差し出す池田さんとエレガントに切り取ってみせるワタナベさん。対照的なおふたりのサイゴンを見せていただく。

共通して「狙って撮った」というより「出会って撮った」といった趣で、展示の仕方としてはライブ感覚寄りな池田さんに対してワタナベさんの方は(ご本人もおっしゃってましたが)組写真で意味を浮かび上がらせるようなアートディレクター寄りな方向。

「海外に行ってちょっと面白い物撮ってきた的な写真」にならないように気を付けてチョイスした、との事だが、同時にこの方法だと瞬発力だけになりやすい、という分析も鋭い。
作為やあざとさ、ケレン味をいかにインペーするか、またはロシュツするかのコントロールは表現の上では重要な課題になるはず。
また、じんわりくる種類の写真は難解になりやすいので間口をどう拡げるかという点も難しい。

事前にトークショーも予約してあり、こちらは常磐響さんを交えて「さんにんのサイゴン」というテーマでのゆるゆるトーク。
どのくらいユルいかというと、途中でスピーカーの2/3がトイレのために中座するというサイゴンなみ(たぶん)のユルさ。

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ワタナベさんと常盤さん

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池田さん

池田さんは文字や文章にあまり興味を持つタイプではないそうで、そういう人が自分の行為やら考えやらを言語化するトークショーというイベントに出演するのだから何かと危なっかしいワケであるが、さすがワタナベさんと常盤さんは生来の頭の回転と年季の入った落ち着いたトークで自らの体験や考察を語っていて楽しかったし、うなずけることも多々あった。

常盤さんの「撮ることを街に許されてる感じ」や「先の事は分からない、ようやく2〜3年前の事が分かるようになってきた」はふいに出た言葉だと思うけれども共感を覚えたし、ワタナベさんの「一日6GB撮っても、なぜ8GB撮れなかったのかと思う」という言葉や「写真の選択は二度目の撮影」という引用には「ああ、ワタナベさんは映像の人であるなあ」と思ったりした。

昨年の「ふたりの上海」には行きそびれたのだが、パンフレットが買えたのでよかった。
今回のパンフレットには写真が一葉ついてきて、裏面を見ると直筆のサイン。細やかなサービス精神がうれしい。

来年はヨーロッパだそうで、やる方も楽しみだろうが見る方も今から楽しみなのであった。

Julia Fordham

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3月後半に東京ミッドタウンで開催されたJulia Fordhamのライブに行った。

セットはCD「THAT’S LIVE」に収録されている物がメイン。
「微笑みにふれて」の日本語版に収録されている「China Blue」を演ってくれたのがうれしい。僕の大好きな曲。

それにしても彼女の歌声はすごい。力強さと透明感を兼ね備えた、ワンアンドオンリーの歌声。
それをピアノとウッドベース、パーカッションに彼女のギターという少人数の構成が引き立てている。
「Porcelain」の後半に繰り広げられるアドリブのセッションもスリリングで聴き応えがあった。

食事とお酒ありの大人のライブ。モッシュもいいけど、そろそろこういうのもいいなあ、と思った。満足。

ANNIE LEIBOVITZ

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ブログの投稿ができなかったしばらくの間の出来事もいくつかメモしておこうと思う。

2月に劇場公開された映画『アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生』を公開直後くらいに観た。
ジョン・レノンが射殺される直前にヨーコと共に撮影した写真、妊娠中のデミ・ムーアのヌードなどで有名な、写真家アニー・リーボヴィッツの半生を描いた作品で、彼女の妹であるバーバラ・リーボヴィッツが監督・制作を担当している。

感想らしい感想はとくにないのだけれども、アニーは今もってパワフルですごいなあ、というカンジ。

アニーの恋人スーザン・ソンタグの本は「他者の苦痛へのまなざし」しか持っていないが、彼女の厳格な言葉の運用と冷徹な批評、妥協を許さない強い意志がそこにはあった。
おそらくスーザンとの生活が快適な心安らぐだけの物でなかったろう事は想像できる。
そのスーザンと正面から向き合う事によって、アニーは自らの写真に対する哲学を構築していったのだろうか。

アニーの仕事ぶりをかいま見て、撮影時に相手に話しかけ続けていたのが印象に残った。
また、撮影前に完璧に準備を整えて短時間で撮影を完了する彼女のスタイルはかなり参考になる。むろんそれには経験が必要だとは思うけれども……。

関係者のコメントをエンディングに持ってきた演出はすばらしい。

復活

2月にココの体裁をリニューアルしたらデータベースが日本語を受け付けなくなり、更新もコメントも一切できない状態になっていた。
新規ページ(通常の日記ページと違い、時系列に依存しない特殊なページでWordPressの機能のひとつ)を作成したタイミングでそのような状態に陥ったため、何らかの理由でデータベースが破損したのだろう、と推測した。
その後いくたびかデータベースを作っては破棄、WordPressをインストールしては再構築を繰り返したがいっこうに事態が改善しない。

ローカルサーバ上では問題なく稼働しているし、ホスティング会社から提供されているphpMyAdminからも入力を受け付けないため、ホスティング会社にも2度ほど連絡を試みたが、なしのつぶてである。

これはもうお手上げ、という事でテンションもすっかり落ちきって3ヶ月ほども放置してしまった。

その後、以前WordPressを設置した時の自分メモの存在を思い出し、開いてみたらそこに解決方法が書いてありました……。

一般設定で日本語タイトルが反映されない、日付部分の「年」「月」などの文字化けが起こるといった場合には(文字コードをUTF-8として)

ブログのトップディレクトリに
php_flag mbstring.encoding_translation off
php_value default_charset “UTF-8″

と書いた.htaccessを設置


ですと。
今度は忘れないように、ココにエントリーしておく。

ちなみにphpMyAdminから入力できない件はいまだに解決の見通しが立たないままだ。

リニューアル

4年ほど続けたこのブログの体裁を初めてリニューアルした。
発端はここをAutoPagerize対応にしようとした事に始まる。

ところがいざやってみると、さすがCSSレイアウトのトライアルで始めただけあってソースがヘボ過ぎてにっちもさっちもいかない。しかもそれをMTからWordPressに大急ぎで移植した事もあり、ソース的にはけっこうひどい状態になっていたのである。
そこでソースの掃除や整頓などと、行き詰まった仕事からの逃避もかねて「じゃあ、やるか」となった次第。

しかし実際にはけっこう手間取ったうえに、一部はまだ解決していない。
これはここで使わせてもらっているWordPressというCMSツールの仕様の、言っちゃ悪いが一貫性のなさに起因する部分が多い。

一例をあげると、用途的には似た関数であるはずのprevious_post_link()とposts_nav_link()の返す値のフォーマットが違う。片方はオプションで指定した文字列をa要素に含めて返すのに、もう片方はa要素から追い出したカタチで返してくる。
このため例えば「<a>←戻る</a>」となったり「←<a>戻る</a>」となったりして統一できない。

こういうのはタグ込みの要素で返さず、URL文字列と記事タイトルのハッシュか配列で返してくれる方が融通がきいてありがたい。パラメータの渡し方ももう少し一貫性があるとなおよかった。
ただし単に僕の勉強不足で、何らかのやり方があるのかもしれないが……。

まあ、そういった細かいツメは今後ヒマを見つけてイジっていくとして、ひとまず当初の目的であるAutoPagerize対応はできてるっぽいのでよしとしよう。

ちなみにWordPressをAutoPagerize対応にするためにWP-AutoPagerというプラグインを使わせていただきました。感謝!

WordPress Plugins/JSeries » WP-AutoPager

サイドメニューのTwitter読み込みもクラス化したので、そのうちプラグインにでもしようかと思う。

postcard 2008

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今年の年賀状。

0000から延々数え上げる。

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部分。

文字そのものの濃淡が織りなす、さざ波のようなパターンを愛でるというグラフィック。
とはいえ最後の1行、4桁なのに9999以降もダラダラと続けてしまったあたりツメが甘い。
ワン・モア・アイデア欲しかったが、けっきょく妥協。

試したかったのはPostScriptファイルにオリジナルのType 3フォント(0〜9とH、A、P、Y、N、E、W、Rしかないのだが)を直書きして表示するというのと安価なCTPのオフセットでもここまで細かい印刷ができるのか、という事。

最初のトライに関してはほとんどPostScriptリファレンスマニュアルの写経なので問題はなかった。
で、これをやるとillustrator上などでテキストとして扱われるのかと思ったら、アウトラインデータになっていた。そこはかとなく残念。

次のテストもインクジェットプリンタでは潰れて読めなかったものが印刷では鮮明に読み取れる。やっぱりぜんぜん違うな。
版ズレを避けるために文字がM版だけで済むこの色味にしたが、これほど小さい印面で、厚手の紙なら掛け合わせでも問題ないだろう。ただし紙のサイズが大きくなった時はちょっと分からない。

謹賀新年

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遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

昨年はTwitterでばっか書いていた一年でした。
惰性で続けているとはいえ、途中2ヶ月も更新が滞るという昨年のこのブログの体たらく、われながらサボりすぎだろ、と思います。
生存報告的な意味合いを除けば、基本的には未来の自分を読者として想定しながら書きつづっているわけだけれども、そんなに未来の自分に対して言うべき事がないのか、と少々情けない気分にもなってきます。

あと、たかがグラフィックデザイナーのくせに技術的なことを話題にしすぎた。
面白かったのとツラかったので書かずにいられなかった側面はあるものの、手を広げすぎ。
しかしなあ、実際にやらなきゃならない事の範囲がどんどん広がってきているという、この現実。そろそろ一人でやるにも限界が出てきたなあ、と実感してない事もない事もなくもない。

本も買った。ガジェットも買った。ソフトも買った。いろいろ紹介したかったが、例えば本なども買うだけ買って読む時間がとれず、読み終わる頃には旬を過ぎてて書きそびれる。
早く紹介したもん勝ちみたいな感覚はバカバカしいと分かってはいるのだが、ハスから見たレビューなんか書きたくないし、書けるわけもないから、どうしても鮮度の方を意識してしまい、Twitterあたりにぽつんと書いてお茶を濁している。これもよろしくない。

以上、反省おわり。

で、今年はもうちょっとデザインぽい事も書いたりやったりしようかなーと、たった今思いました。
あとTwitterで垂れ流したことももう少しまとめてみたり深めてみたりしたいですな。

というワケで、末筆ながら、本年もよろしくお願いいたします。

TwitterLog++

以前「Hello World」的な物を試してみてからこっち、全然ブックマークレットというモノを作った事がなかったので、休みに乗じてなんか作ってみっか、と自分用のブックマークレットをいくつか作成。
あんまり世間的に需要のありそうなモノはないのだけれども、一個さらしておきます。

Twitterではhomeのログをリンクからさかのぼれるのは10ページまでなのだが、実際にはURLのケツにくっついている数字を11、12、と変えていくとそれ以降のページも見ることができる。
いちいちURL欄の末尾の数字を選択して、書き換えてリターン、というのも煩わしいので、それをブックマークから行えるようにした。

TwitterLog++

上のテキストのリンクを右クリックでお気に入りに登録しておき、Twitterで自分のHomeにログイン。
お気に入りからこれを選択すると11ページ目のログに行く。以降、お気に入りからこれを選択するたびに12、13、とログをたどって表示します。

一応MacのFireFox、IE、WinのIE6で試した限りでは動くっぽいけどSafariはダメだった。

追記(2008.7.31)
けっこう前からですが、Twitterの仕様が変更されて、自分のログですら10ページ以上たどれなくなりました。最低ですね。
これではミニブログとしてもまるで機能しないのでいずれ改善されることを願いますが、とりあえず現状ではこのブックマークレットは使用できません。あーあ。

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